PC教室へLTSP-5導入
Edubuntu8.04によるパソ コン教室のシンクライアント・サーバーシステム構築
(この記事は、平成20年度に静岡県立二俣高校で行ったときのものです。)

< 目 次 >

  1. Edubuntuとは
  2. サーバー機のスペック
  3. ネットワーク構成等
  4. まとめ
    オープンソースソフトウエア(OSS)であるLinux導入のメリット
    OSS導入にあたって問題となること
    永遠にWindowsでいくのか?
    OSS導入のために必要なこと

1 Edubuntuとは

 Edubuntuとは、「教師自らの手で、教室のネットワーク環境を簡単に実現できるディス トリビューション」という理 念のもとに、教育用に開発されたUbuntuの派生ディストリビューションです。平成20年4月に旧版の7.10から、バージョンアップされた 8.04版はLTS(Long Term Support)版であり、従来の6.10版や7.04、そして7.10版のサポートが半年であったのに対し、サーバー版は5年間の長期サポートがあります。また通常のデスクトップ版には含まれない教育用のソフトウエアパッケージもあり、選択してインストールできるようになっています。 8.04版でも既に述べたLTSPによるターミナルサーバ機能とAD認証の両方が可能で、大変使いやすくなっています。そこで、本校のパソコン教室におい て、Windows2003サーバーによるドメインをそのまま活用し、登録されたユーザー情報について追加変更等の作業を加えることなく、生徒機を Linuxのシンクライアントとして活用する道を開くことを目的として実験的に取り組んでみました。

EdubuntuのLTSPサーバー機

クライアント(生徒機)

2 サーバー機のスペック

 Ubuntuの関連サイトには、Edubuntuに関する丁寧なハンドブックがアップされています。英語ですが、シンプルで分かりやすい表現なので、それほど解読に苦労することはありません。このハンドブックにサーバー機に搭載されるメモリー、CPU、HDD、 ネットワークカードのスペックが解説されています。それらをふまえて、サーバー機のスペックについての基本的な考え方を以下のように考えました。
メモリー
 システム用に256MBは必要。さらに1クライアントあたり128MBを必要とするので、もし、20のクライアントを管理しようとするなら、 256+ 128×20=2816(MB)(すなわち2.75GB)
のメモリーが必要となります。一般的なマザーボードに搭載できるメモリーの上限は4GBなので、一台のサーバーでは最大30クライアントが上限となるで しょう。高校のパソコン教室の場合、一教室のクライアント数は少なくとも40は必要であり、クライアント側でストレスなく操作が可能とするためには、やは り2台のサーバー機を立てて20クライアントずつコントロールする(注*1)ようにした方が良いでしょう。
CPU
 クロックについては、クライアント側で何をするか、すなわち授業形態や使用するソフトによって負荷は異なりますが、20クライアントであれば2GHz〜 3GHzは必要です。さらに30クライアント以上であるならば、デュアルコアのCPUか、または複数のCPUを搭載したマシンが望ましいと思います。今回 は3.0GHzのデュアルコアCPUにしました。
HDD(ハードディスク)
 高速に、多数のクライアントとのデータ通信を行う必要があり、かつ安全性の確保も重要なので、Raid(レイド)(注*2)パーティションを組みまし た。頻繁にデータのやり取りが予想されるシステム領域については、Raid0(ストライピング)(注*3)とデータの保護(コピー)機能のあるRaid1 (ミラーリング)(注*4)の両方の機能をもつRaid5(パリティ)(注*5)を採用することにしました。また、生徒の作品や課題等のデータを保存する パーティションにはデータの安全性の確保を優先し、Raid1を採用しました。HDDについて特定のメーカーの指定はありません。パーツショップで通常売 られている割安な海外メーカー製品でも安定性が確保されるならば十分と思います。
LANカード
シンクライアントは頻繁にサーバーとのやり取りが生じることから、できるだけ高速な通信が可能であることが望ましいです。従って、購入するマザーボードに はギガビットLANポートを装備しているものを選択しました。

 以上のことを踏まえて、下表に示すスペックでサーバーを構築することにした。なお費用総額は約98、000円でした。

部品名 品名(製造元)・規格等 備   考
CPU Core2Duo E8400(Intel) 3.00GHz シンクライアントシステムを組むことから、高負荷にも耐えられるよう、デュアルコア、且つクライアント側でのストレスを 少なくするようにクロックが3.0GHzのものを採用。
マザーボード P5KPro(Asus) 安定性で定評があり、ギガビットLANポート1個を備えている。
グラフィックス関連のチップを搭載していないので、別途グラフィックカードを購入。
メモリー Elixcer Chip(CFD社)DDR800
2GB (×2)
マザーに搭載できる最大容量
HDD S-ATA 160GB(Seagate) (×3) Raid5を組むため、3台必要。
グラフィックスカード HD2400Pro 256MB
(玄人志向)
サーバー用なので、特別高性能なものは必要ない。
また、クライアントPCに搭載されているグラフィックスチップの性能と格差が少ないものを選んだ。
電源 STA500 500W 安定性重視。あまり安価なものはサーバー用途には向かない。
ケース SOLO サーバー向きに設計されており、堅牢でHDDの取り付け部にショックを吸収する素材を用いている。
光学ドライブ DVDスーパーマルチドライブ(Liteon) OSのインストール等に必要であるが、それ以外の目的に用いることはないので、安価なもので十分。
< 注 >
*1 現在パソコン教室で使用しているWindowsのシンクライアントシステムでも、1台のサーバーで40クライアントをもつのは負荷が高すぎるので、 2台のサーバーを使用している。
*2  Raid(レイド)とは、複数台のHDDを組み合わせて、仮想的な一台のHDDとして運用する技術であり、読み書きのスピードアップや信頼性の向上を目的 として用いられる。
*3 データを2台のHDDに分割して保存・読み出しを行う。高速処理に向く。
*4 2台のHDDに同じデータを記録しておく。速度は下がるが、一方のデータが破損しても、もうひとつのHDDから補完できる。
*5 3台のHDDを必要とするが、Raid0とRaid1の両方の特性をもつので、安全かつ高速な読み出しが可能になる。

3 ネットワーク構成等

 後にターミナルサーバ・パッケージ(LTSP-5)をインストールし、シンクライアント・ サーバーネットワークを構築す ることを見越し、また、既存のWindows2003サーバーによるアクティブ・ドメインもユーザー認証等で利用したいので、Windowsサーバーのア ドレスと重複しないようにしなければなりませんでした。そこで、今回はシンクライアント・サーバーのアドレスは192.168.0.50(host名: edubuntu-sv00)としました。生徒用PCに割り振るアドレスは、現在使用しているものと同じになるように192.168.0.1〜 192.168.0.42とすることにしました(教師用PCのアドレスは192.168.0.100)。 ちなみに 既存のwindowsサーバー機のうち、管理用サーバーは192.168.0.200、シンクライアントサーバーは192.168.0.201 です。(下図参照) 一枚目のubuntu8.04-AlternateCDによるインストールが終了したら、再起動して、システムが正常に起動することを確認しました。続い てEdubuntu8.04-Addon-CDでの、Edubuntu特有のファイルのインストールを継続して行い、この作業はごく短時間で終了しまし た。

4 まとめ

 ここで紹介したパソコン教室へシンクライアント・サーバーシステムの導入以外に、学校内のWindowsネットワーク(校内LAN)の中のクライアン ト・デスクトップPCとして導入する実験的な試みの結果とも合わせて考察します。
オープンソースソフトウエア(OSS)であるLinux導入のメリット
@既存のWindowsネットワークのインフラに追加導入が可能であり、ソフトウエアの導入にかかる費用や設定費用等は無料で済みます。
A学校で日常の業務に使用している校内LANに追加導入し、既存のWindowsと共存させることが可能であり、これまでに蓄積された情報資源をそのまま 活用できます。
  (*ただし、100%の互換性を保証するものではありません。例えば、関数が多用され ているExcelファイルに対しては、LinuxのOpenOfficeに含まれる表計算ソフトのcalcでは完全な互換性を発揮できません。)
B LinuxのLTSPシンクライアントーサーバーシステムでは、サーバー機の設定がそのまますべてのクライアントに反映されるので、個々のクライアントに 対して設定作業をする必要がありません。また、Windowsではサーバー機の共有フォルダ内でなく、クライアントPCの中のユーザーごとのMy Doccumentに保存されたデータは、管理者であっても手間がかかるので管理することが困難でしたが、LTSPの場合は、すべてサーバー機の /home/<ドメイン名>/<ユーザー名>ディレクトリに保存されるので、データの管理も容易となります。
C 教員が所持しているノートパソコンが校内で盗難にあい、そこに保存されていた生徒の成績などの個人情報の漏洩が心配される、などの事件が起きていますが、 このLinuxのシンクライアントにすれば、個々のクライアントPCにはHDD(ハードディスク)がなく、データは全てBで述べたようにサーバー機に保存 されるので、サーバー機の安全性さえ確保しておけば、万が一教員のパソコンが紛失しても個人情報等のデータが漏洩してしまう心配はありません。従って、シンクライアント・サーバーシステムはセキュリティの確保と向上につながると言えます。
D教育面では、「コンピュータを理解する上でも、IT産業で活躍できる人材を育成するためにも、初等中等教育の段階からLinuxを追加導入したマルチプ ラットフォーム環境に触れる機会を増やすことが必要不可欠である」(注*6)と大学や経済産業省から提唱されており、Linuxの導入はそれに応えるもの です。
< 注 >
*6 「OSSサポート・ビジネスは離陸するか」--- 経産省が教育現場へのオープンソース導入実証の結果発表
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080309/295785/?ST=oss&P=2


OSS導入にあたって問題となること

@Linuxではメンテナンスや問題が生じた場合の対処などについて、すべて自分で主としてネット上から情報収集して解決に当たらねばなりません。業者に助けを求めても、現時点では対応できる業者は、まずありません。少なくとも東京などの大都市を除いて、対応できる業者はまれだと思います。従って、解決のためにはインターネット上にあるWikiやフォーラム、あるいはFAQ等のサイト上の記事を探し、自分で解決せざるを得ません。英文の解説しかないという事例も、かなりありました(注*7)。 
A ソフトの種類が少ない。国内ではソフト開発がWindows中心であるため、例えばパソコン教室で生徒機を先生機から監視したり、コントロールしたりする 国内開発のソフトでLinuxに対応しているものはありません(ないし聞いたことがない)(注*8)。
< 注 >
*7 LinuxなどのOSSはコミュニティを中心に発展してきたので、はなから商用目的で開発され、一般のユーザーを対象に売られてきたOSである Windowsとはこの点が大きく異なります。Linux愛好者がいわゆるマニアックでPC好きの特殊な人間と思われがちであるのも、このような背景があ るためでしょう。確かにWindowsに慣れた一般ユーザーが初歩から使用するには敷居が高く、戸惑うことも多いかも知れません(事実私がそうでした)。 しかし、このあたりの事情も近年大きく改善されつつあります。この数年間でデスクトップの操作性は各段に良くなりましたし、操作設定に関する情報も手に入 りやすくなりました。中には有償でサポート付きで売り出されているディストリビューション数種あります。
*8 これはOSの普及度との関係もあるでしょう。より多くの学校等の現場でLinuxが使われるようになれば、それに対応したソフトも開発されてくる と思います。

永遠にWindowsでいくのか?
 WindowsXPのサポート期間が2014年まで延長されたとはいえ、2008年6月30日でシステムビルダー向け及び一部低価格のモバイル用ノートPCを除いてWindowsXPの販売は終了されました。新規購入に際して、Windowsを使い続けるならPCの性能に対してハイスペックが要求されるVISTAを入れるしかありません。ここで紹介したEdubuntuはVISTAほど高い性能を要求しないので、既存のXPを使っていたマシンであれば、十分な性能を備えたものとみなすことができます。Ubuntu Local Community(Loco)でプロジェクト主任とオーストラリアのUbuntuコミュニティチームの窓口を務めているMellisa Drapper氏は「第三世界の国々では、欧米諸国の平均的なデスクトップマシンに比べて大抵はスペック面で格段に劣ったコンピュータが利用される。その ため、多くの場合は各学校が使えるもの(普通は寄贈された中古マシン)で間に合わせることになる。こうしたハードウエアの制限から、Windowsに見切 りをつけ、教員と生徒の双方の要求を満足できるLinuxやオープンソースの代替ソフトウエアを採用する必要が出てくる。例えばベネズエラでは『すべての 公的機関はオープンソースソフトウエアを使用しなければならない』と定めた大統領令第3390号(Presidental Decree No.3390)をきっかけとして、いくつかの運動が起こっている。」と述べています。
 また同時に、「このようなコンセプトはハードウエアの調 達が大きな問題にならない欧米諸国でも、新しいハードウエアへの資金投入を避けることで人材確保や施設改善など教育課程の他の分野にもっと多くの資金をつ ぎ込むことができる。」との考え方を紹介しています。
 また、地方自治体の中で、ソフトウエアの購入費を軽減させるためにOSSの活用に踏み切るところもあります。最近では福島県会津若松市でオープンオフィ ス(OpenOffice.org)が導入されました。市ではこれにより840台のリースパソコンを段階的に入れ替えた場合を想定して1500万円程度の 経費削減を見込んでいます。これはOSまでLinuxに変更するというものではないものの、OSS導入の経済的な効果を示す実例でしょう。

OSS導入のために必要なこと

 Linux導入のメリットを生かしつつ、問題が発生しても対処できるような体制作りが必要と 思います。すなわち、 Linuxを扱うためのノウハウを蓄積し、経験を重ねた人材の養成が急がれるのです。そして現時点ではこれは行政的、政治的に取り組まなければならないのではないかと思います。今だPCの大多数がWindowsという現状では、学校や自治体等の行政機関等からOSSのサポートを一般企業に求める、ということはできないでしょう。商用のOSSを導入した企業でも、そのサポートについては決して十分とはいえない、との記事も多く目にします(注*9)。OSSの導入にあたって最大の問題点となるのがサポートが十分得られるか、ということなのです。とりあえず利潤を追求することからフリーでいられる行政や教員の中で、スキルをもった人材を育成するようなプロジェクトを立ち上げ、長期的展望にたってOSSの導入(もちろん、Windowsを完全に排除するのではなく、共存していく、ということですが・・・・)を推進していくということができたらOSSの普及の可能性はありうると思いました。

(2008年8月28日)